「天使の卵 -エンジェルズ・エッグ」 村山由佳
浪人生の歩太(あゆた)は8つ年上の精神科医に一目惚れをした。
ヒロインの春妃とは電車で出会い、その後は父のお見舞いに行ったときに話し、仲を育んできた。
様々な障害を乗り越えながら惹かれ合う二人は恋愛小説としては当然の展開なのだが、とても美しく感じた。
それは文章が巧みだからなのか、歩太に感情移入していたからなのかせいなのか、ここまで一文字一文字を集中して読むことができた小説はかつてなかった。
最後まで心地よく読むことができたのは筆者が歩太に乗り移り、見たこと感じたことを素直に書いているからだと思った。
歩太が感じていたことにとてもリアリティがあったのだ。
父は精神を病んでしまい精神病棟に入院している。お見舞いに行ったとき、父が缶ジュースをぐびぐびと飲む様子を見て「ああ、親父は生きているのだなとあらためて思った。」とある。
これは家族でしか感じ得ないことだろう。
父の看護で春妃が失敗を犯し、取り返しのつかない事態になるが、母も歩太も春妃を責めなかった。
それでもやつれてしまう程に落ち込む春妃を強い言葉で正している。そして思ったこととして、「こんなに痩せて。このわからず屋のばかたれが」とある。
実際春妃は過去にトラウマがあって、それと重ね合わせていた。それを歩太は察したのか拙い言葉で父の件はあなたのせいとは違うだろうと訴えている。
歩太のアルバイト先が土方なのも良かった。恋愛小説ではあまり見ないパターンの組み合わせだ。
春妃がなぜ歩太の事が好きになったのかは疑問に思ってしまったが、好きになったことに何か理由を求めてしまうのが僕のモテない原因かもしれない。
他にもそれぞれの所作、仕草、風景に至るまで美しく書かれていて、僕は心地よいリズムで読み続けることができた。
解説もとても良かった。
「恋愛をあまりに正面切って扱っていられる大わざに、ちょっと感慨をもった。」とは田辺聖子さんの言葉だ。
筆者がこの作品に隠したメッセージも載っている。
それは「それでも自分は生きていかなくてはならない」というもの。
これは歩太が今後どんな道を進もうともその先に希望が待っていると信じられるメッセージだ。
ラストシーンについてのメッセージについて言及しているところから最後まで読むことができて本当に良かったなと感じた。
本書の発行は1994年なので25年前の小説です。
けれども古さを感じさせないのは人をきちんと書いているからだと思いました。
電話を多用する恋愛は古いのかもしれませんが、ラインで恋愛するよりかは味がありますし、僕はその方が好きです。