スーパーノヴァの読書日記

主に本について書いています。たまにドラマや音楽や映画についても語ります。気軽にコメントいただけたら幸いです。

「女のいない男たち」村上春樹

本書はとある信用できる筋のおすすめ文を読み、ならばと思って読んでみた。

しっかし、本書について書くのはとても難しい。

今回のブログではセックスという文言がたくさん出てくるが、本書にはそれ以上に出てくる。それが村上春樹流なのだ。きっと。

僕にはそれを書くのは恥ずかしい気持ちがある。文学とは性を美しく書くものなのかな。

 

僕は本書を読む前には村上春樹さんに苦手意識があった。

以前長編を読んだときに、特に意味のないように思えてしまうエロいシーンが邪魔だったのだ。

その点、本書はそれをカバーしている。

6つの話からなる本書は特にテーマなどはなく、それぞれの話に村上春樹さんの息吹がかかった日常的な話だ。

それらはタイトルに騙されたのだが、どれもセックスの話だ。ピロートークだけの話もある。

本書は短編ということで、セックスが突然出てくる唐突感がなくなっている。これはそういう本なのだと。

そして、村上春樹さんの本は文学とは何かを強制的に考えさせる力があった。これは間違いなく名著だ。

 

僕が本書のタイトルから想像したのは、彼女がいない男たちの話だった。

しかし、テーマがあって編んであるものだという勘違いのせいか、村上春樹さんがそんな青春ものを書かないせいなのか、主人公の男たちは女に困らないような奴ばかりだった。

女がいないわけではなく、特定の女を作らないような男たちが主人公だ。

「俺は特定の女を作らない主義なんだ。」とか一度でいいから言ってみたいものだ。(これは本書にあるセリフではありません)

「ドライブ・マイ・カー」では妻が不倫するのはなぜだったのだろうと女性ドライバーと話し合う。妻の不貞行為は夫の恥にもなるが、話したくなるような女性を書くのがとても見事だ。

「独立器官」は遊びの女に本気で恋をした医師の恋煩いの話だ。女性は嘘を平気で動揺無くつくことができる。嘘をつくための独立器官を体内に持つというのはとても面白い考え方だ。

「シェエラザード」はずっとピロートークだ。愛するが故に空き巣を繰り返してしまう女性の話は面白い。男の方もセックスが目的ではなく、女性と話がしたいから来てもらうというのも面白い。

「木野」はちょっとホラーじみた話。主人公は木野の意味不明なアドバイスを聞き、訳もわからぬまま逃げる。唯一セックスを主軸に置いていない話なのだが、主人公は逃げた先で女を買う。どうしてもセックスは書かなきゃいけないことがここでわかる。

表題作の「女のいない男たち」はかつての恋人が自殺したことを知らされる男の話だ。その女性と過ごしたことを思い出すのも葬式だ。やはり思い出すのはセックスのことなのだが、かつての恋人について思い出すとき、それが1番にくるものなのかもしれない。

 

1番良かったのは「イエスタデイ」だった。

木樽は東京出身なのに完璧な関西弁をしゃべる愉快な奴だ。ビートルズのイエスタデイを強引な和訳で歌う変な奴でもある。

僕は逆に関西出身なのに標準語を使いこなすことができる。

僕はある日、木樽から「俺の彼女と付き合ってみないか」と声をかけられる。

人生に深みを出すんだと、木樽にとっては必要なことだと思ったらしい。

僕は彼女とデートして彼女から木樽に対する愚痴を聞く。どうやら付き合っているのに手を出してくれないことに不満があるのだそう。

僕は木樽からも話を聞く。

幼なじみの彼女には性欲を抱くのがいけないことのように思えること、俺は受験に失敗しているが、彼女はキラキラした女子大生であること、変わってると言われることを自覚していることを聞く。

 

僕が木樽にかけたセリフにとても共感できた。

自分の考えにもとても近いし、それを村上春樹さんが書いてくれたことがとても嬉しい。

《今のところ誰にも迷惑をかけていないのなら、それでいいじゃないか。だいたい、今のところ以上の何が僕がわかるって言うんだよ?関西弁を喋りたいのなら、好きなだけしゃべればいい。死ぬほどしゃべればいい。受験勉強したくないのなら、しなきゃいい。彼女のパンツの中に手を入れたくないのなら、手を入れなきゃいいんだ。お前の人生なんだ。なんだって好きにすればいい。誰に気兼ねすることもないだろう》

その後で、でも彼女はとてもいい子だよ。と勧めるのも忘れない。

文学的な友情の表現に感動した。

村上春樹さんの短編はとても面白い。苦手意識がなくなって良かった。

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