「イン・ザ・プール」 奥田英朗
僕には一時期カウンセラーになろうと本気で勉強していた時期があり、実際にカウンセラー養成学校に通っていたことがあります。
途中で「カウンセラーとは生き方のことで職業のことではない!」と考え(かっこいいことを言いたかっただけで実際には色んな理由がありました。)、方向転換をしましたが心理学の興味は残り続けています。
本書の主人公は神経科の医師・伊良部一郎。カウンセラーとは違い医師免許を持っているからそれだけで何年も勉強されたことが分かる。
ドラマ化も映画化もしているので、Dr.伊良部一郎がどんなやばい奴なのかはご存知の方が多いだろう。
医師というだけで権威と実力がありそうに思えるが、伊良部は本当の変態だ。
特に患者に意味のない注射をするのが趣味というのは犯罪の匂いがしてしまう。
下手に明るいし、カウンセリングはしないし、バカなことばかりするし、彼は名医なのかヤブ医者なのか分からない。
しかし、伊良部はとてもユーモラスに書かれているのだが、僕は彼の手腕に注目している。それはカウンセリングはしないのだが、患者に真摯に向き合っていると感じるからである。
例えば、ガスを止め忘れたかもしれないと不安になってしまう患者には部屋の中にカメラを付けることを提案するし、ストーカーに追われているという被害妄想の症状がある患者には伊良部自身がボディーガードを買って出る。
ボディーガードをしているうちにテレビに出たくなった伊良部は俳優のオーディションを受けまくるなどの暴走をするが、次第に患者の症状は無くなる。のちに、「私が(ストーカーの被害を)訴えたとき、先生、信じていたんですか」と聞くが、「一目で被害妄想だとわかったよ。でもさ、そういう病って否定しても始まらないからね。肯定してあげるところから治療はスタートするわけ。」と答えている。
伊良部の本気で俳優を目指すという突飛な行動も患者のためだったのかもしれない。しかし、本気なようにも見えるから患者は次第に自分のことより伊良部のことを心配になり症状が緩和されていくのである。
そう考えると伊良部のすごさは演技力かそれとも無邪気過ぎるほどの素直さか。
表題作の「イン・ザ・プール」は水泳中毒の患者の話。
案の定患者に付き合って伊良部も水泳にハマる。
ラストはかなりおかしいので、一読の価値ありだ。